vol.9 ●音の聞こえる場所には・・・

 私が滞在した135丁目のアパートはセントラルハーレムにあった。
近所には、ブレイズをしてくれるきれいなヘアサロンや、すごくおしゃれな帽子専門店、オリジナルTシャツを作ってくれる店や学校などがあり、
住み心地のよい場所だった。警察も目と鼻の先。治安という面から見ても、安全なエリアだといえる。通りは広くて、ミッドタウンのようなゴミゴミとした圧迫感もないし、大通りの上に青空がスコンと広がっていて、
ほっとする空間でもあった。
 
 そんな場所にあるそのアパートには、いろんな音楽があふれていた。
まず、毎朝決まって歌の練習をしている人がいる。
ドレミファソファミレド〜っと、発声練習を欠かさない。
男性だと思うのだが、誰なのかはわからない。上手いか下手かは別として、何かに律儀に打ち込んでいる人が住んでいるということに、ここは安全かもしれないと思わせるものがあった。今思えば一概にそうは言い切れないかもしれないけど、実際、様子もいまいちわからない場所で人間の出す生の音が聞こえてくると、それだけでちょっと安心するものだ。

 隣の大家さんは、いつもサルサをかけていた。
部屋の中で奥さんとダンスでもしてるのでは?と思うほど、ドタバタした足音や笑い声が聞こえてきて、円満夫婦ぶりを発揮。
 下の階では週末になると、親族一同が集まって、ラテンムード歌謡のカラオケ大会。マイクのボリュームをめいっぱいあげて、歌う歌う! カラオケを熱唱する外国人は、カラオケバーのライブカメラで見たことがあるが、みんな「スクール・オブ・ロック」のジャック・ブラックみたいに入魂!変貌! なりきり! きっと階下でも、それが行われているに違いなかった。
 さらに、そのフロアの別の部屋では、ドアを開け放ち、黒人男性がいっぱい集まって何やらガヤガヤ。
夜の11時ごろ帰宅したら、その部屋の入口に座っていた男性2人に
「Hi!」
とドスの聞いた声で、挨拶されて、男ばっかり集まって何やってるの?いけないギャンブル?などと一瞬想像をたくましくして、ちょこっとだけ緊張した記憶がある。
そしてそこには、ラップがガンガンに流れていた。

街に出たら出たで、日曜日には、350はあるという教会から、
タンバリンや歌声が聞こえてくるし、車からはサルサやスカ、HIP HOPや、
R&Bなどが聞こえてくる。目抜き通りの125丁目は、それに車のクラクションやアフリカンミュージック、人の話声や笑い声、ベンダーの呼び込みの声などなど、いろんな音が洪水のようにあふれている。英語だけに、耳ざわりがよく、人の声でさえ、音楽に聞こえてくるほどだ。

音楽が聞こえてくる場所には、
確かに誰がが居る。暮らしている。
人間が音楽を好むのは、誰かの出す音、出す声で、
ひとりじゃないのだ、と自分を安心させたいからかもしれない。

歌の練習をかかさなかった、名前も知らないあなた。
毎朝歌ってくれてありがとう。
下のボデガのおじさんは,もう私をベイビーと呼んでくれなくなったけど、
そこで買ったパンをかじりながら聞くあなたの声は、
まるでラジオ体操の時間のように決まった時間に聞こえてくるから、
すっかり時計代わりだったよ。
音程がはずれていることは、ここでは言わないから、
どうぞ、安心してください。




あっ、言っちゃった。
ごめん、ごめん。
Fat Tuesday Air Line
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あっぱれハーレム、へっちゃらニューヨーク!!


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